こちらの続きです。
フェリーとしま2の紹介を終えて、いよいよ航海記です。最初から日記風に書くつもりが、船内の情報もまとめようと気が変わって長くなりました。
2018年の12月・・・
フェリーとしま2に乗るべく、千歳→福岡の航空券、九州新幹線、鹿児島→羽田→千歳の航空券と全てを手配して迎えた出発当日、波浪予想を見ると向かい波3mの予報、十島村公式サイトの運航情報を見ると、出港はするが、条件付き、減速運航で名瀬入港は遅延するので飛行機等への乗り換えは保証できないとの文字が。時化のなか無理に乗船しても揺れるのは確定なので中止しました。この判断は正しかったと思います。この時、航空券がマイルを使った特典航空券で変更が効き、自由度が高いチケットだったので判断がしやすかったのだと思います。もし変更不可、キャンセル料が半額以上なんてチケットだったらと思うとぞっとします。
そして2019年2月、出港日を迎えました。波浪予想は穏やかで何の不安なしで、2か月待ったかいがありました。
新千歳から伊丹乗り継ぎで鹿児島空港へ。空港からバスで市内へ着いて、まず鹿児島港へ行く途中の十島村役場に寄ってみました。
村役場が島でなく、鹿児島市にあるのはどこかの島にあると不公平になるので鹿児島市にあるそうです。
そのまま歩いて鹿児島本港へ。コインロッカーへ荷物を預けて身軽になりました。ちょうど窓口休業の時間帯で切符の購入はできないのは知っていましたが、明るいうちに写真を撮りたかったのもありました。
まだ荷役は始まっていないようで、待合室の乗客もまばらでした。
まだまだ乗船開始の21時まで時間があったので一旦タクシーで街に出て夕食としました。夕食はざぼんラーメンというさつまラーメンのお店で、前に鹿児島に来た時に気に入ったお店でした。
食事と買い物を済ませ、21時少し前に待合所へ戻ってきてから切符を購入です。あらかじめ知っていましたが、切符の購入にクレジットカードは使えず、名瀬まで1等、夫婦2人で41900円、現金での支払いになりました。島まで乗るのではなくて名瀬までなんて珍しい客でマニア確定なのですが、驚いたりもされず、普通に手続きできました。この切符が手書きとスタンプで平成も終わりに近いというのに何とも昭和な雰囲気でした。
21時になると特に放送とかもないのですが、乗客たちは乗船を開始しました。1等乗船券を持っていくと部屋に案内され、夜間航海中は船首側の窓のカーテンを開けないよう船員さんから「指導」を受けました。(マニアならたいてい知ってます。)
船首側の窓は1等乗客だけの特権で荷役を見ることができます。
港に置いてあったものが次々に積まれて行きます。郵便コンテナの他、燃料やプロパンガス、電柱や公園の遊具まであって、この船が島の生活の全てを支えているのが実感でき、見ていて飽きませんでしたが、荷役作業の人は視線を感じてやりにくいんだろうな?
荷役作業が落ち着いたのでレストランへ行きました。すでに大勢の乗客が宴会状態で盛り上がっていました。客層としては島に工事へ行く仕事の人たちが多かったと思います。私たちもレストランでフライドポテトと焼きそばを注文して出発を祝って祝杯をあげました。冷凍食品を温めて出しただけですが、動いている乗り物の中でビールと一緒に食べると不思議と美味しいんです。鹿児島でお惣菜を買ってくる手もあると思いますが、ここは船内の売り上げに協力したいと考え、あえて持ち込みませんでした。
23時00分、フェリーとしま2は鹿児島港を出港しました。
トカラ航路をテレビで見て乗りたいと思い、荒天のため一旦中止したものの、夢がかなって感無量でした。
おやすみなさい。
航海編ー後編へ続きます。